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2014.10.19 (Sun)

シバヤマとシモヤマ

ここが違う!こんなに違う!シバヤマとシモヤマ

南相馬のレポのあとは、いつもの痛々しい、バンド寄りのブログに戻ろうと思います。

いまさらですが、鉄人バンドって全員名前に「山」がつくんですよね?
柴山和彦
下山淳
大山泰輝
そしてクレースの本名も実は
○山さんなのだ。

私、しょあの本名も
山○さんなの・・・っていうのは、どうでもいい話ですが。

沢や田んぼの後には山があるものね。

特にギタリスト二名は
「バ」と「モ」しか違わないんですよね。
うちで淑子さんに「シモヤマさんがね・・・」と話をすると
必ず「え?柴山さん?下山さん?」と聞き返されます。
これは、はっきり言って、耳の遠い事を理由にした『意地悪』です。
だって私、カズさんの事を「柴山さん」なんて呼んだ事ないもの。

しかし、柴山さんと下山さんが、まったく異なる人物なのは
みなさん百も承知の助。
ですがここであえて、「こんなに違う!シバヤマとシモヤマ」というネタで
一本書いてみようかと思います。


その1。ギターが違う

単に、使っているギターが違うという意味ではありません。
それを大切にする方向性が全然違う。

まずはシバヤマさん。
ぴかぴかですね。一点の曇りもない。
SG、レスポールゴールドトップ、白いフェルナンデスに、ジャズマスター、
どれもギターカタログから抜け出て来たように、キレイ。
大切に、こだわって使ってるのが、よくわかります。

いつもきっちりチューニング。
ハキハキと、安定感のある、頼れる演奏をしてくれます。
情感こめた「ぬお弾き」は、基本の揺るぎなさあってこその賜物です。
そんなカズさんに万が一トラブルが起きようものなら
「カズ、可愛い」とありがたいお言葉が頂けます。(^^)

(しかし、今思い起こしても大萌えな事件でした・・・
とっさに「可愛い」と言ってしまったジュリーは、
本当にカズさんが可愛くて可愛くて仕方ないのでしょうなあ。)

一方シモヤマさん。
・・・あのギターは、何???っっちゅーくらい、
原型をとどめているものは実はほとんどありません。
たとえば、今ツアーでメインに使っているギブソンのL6などは、
ルースターズ時代に気に入らない人を殴って出来た傷だらけ・・・というのはうそですが、
あれはご自分でペイントして、わざと汚したふうにしてるんですね。
どんどん、カスタマイズしちゃう。絵も描いちゃう。画伯だし。
ボディにペイントしたら、音も変わりそう?
ピックガードをステンレスにしたギターとか・・・素敵。

そして、世界中でプリンスしか持ってないギターで、
浮遊するプリンスだけの音を奏でるのです。

専門的な事はわからないけど、
きっとお弁当箱(エフェクターボックス)の中も
電気系統かなり個性的に違いないです。


その2。スタートダッシャーとスロースターター
(切り込み隊長と温存派ともいう)

どっちがどっちだか、すぐ分からなかった人は
「ジュリー祭り」のデーブーデーで、復習しましょう。


その3。小指と薬指

あっ、今、何考えました!?やーねー・・・えっち。
スライドバーを装着する指ですよ。ボトルネック奏法!!

これはもう、ギタリスト大好き人間にとっては、
美味しいの美味しくないのって、
バーを装着する仕草から、演奏スタイル、もちろんその音、
そして外したソレをどう扱うかまで、
フルコース萌えに萌える、大・ごちそうなんです。
・・・やっぱり、えっちな話だったか?

シバヤマさんは、小指派。
小指にはめるという事の利点は、残り3本の指で
いろんなプレイがやり放題だという事だそうです。
きゃっ、テクニシャン。
コードを押さえてバッキングしつつソロをスライドではさむとかね。

元々ボトルネック奏法は、ブルースのために発達したもので、
カズさんの大好きなローウェルジョージとか、スライドで有名ですよね。
彼が小指につけていたんじゃないかなあ(調べたけど、はっきり分からなかった)。
他には仲井戸麗市チャボさんも小指派ですね。チャボもリトルフィートの曲をよく演るし。
子供の頃に憧れて真似したことって、いくつになってもそうだったりするじゃん、って、
プロに失礼な話ですね。

今ツアーでは『そっとくちづけを』の一番終りの間奏で、
素早く美しい仕草でバーをはめるカズさんのお姿が見れますよ。
shibayamaS.jpg


シモヤマさんは、もう随分長い事、
私、中指にはめてると勘違いしてました。正しくは、薬指です。
と,思います・・・。ジュリー祭り以降変えていなければ。
プリンスはにょろにょろと指が伸びてどの弦でも押さえられるので、
中指に見えたんです。これを書くのに調べたら(ブログ書くのも大変)、
糸車のレチタティーボで華麗な薬指プレイを確認し(必見ですよ!)
ジュリー祭りの片恋でも確認しました。
(絵も間違えてました、どうもズビバセン)。

でも、変化自在のプリンスのことですから・・・
私は上から親指で5弦まで押さえてるの見た事ありますし、
100円ライターをスライドバー代わりにしてたのも目撃しました。

あ、あと、宮崎で、なにか調子が悪かったのか、
バーを外して、ばしっと後に放り投げたのがどきっとしました〜

それと、プリンスは、スチールギターの名手でもあります。
お琴みたいに寝かせて弾く、ボトルネック奏法に特化したギターの事ですが、
このスチールギターを普通のギターみたいにぶら下げて弾いた今年のお正月の
『世紀の片恋』は記憶にあたらしいですよね。
ホント、プリンスって「自由」だなあ。
shimoyamaS.jpg


その4。コーラス派、ボーカル派

シバヤマさんはコーラスが好き。
シモヤマさんは自分が歌うのが好き。
・・・と、私は思うんだけど、どうかな?

世紀の片恋で、「かぁ〜〜〜みさまあっ!」って声を張り上げるカズさんが
たまらなく好き。
窮状で耳栓までして真剣に歌うカズさんが、死ぬほど好き。
ジュリーの3度上でずっと一緒にハモって歌う
『ラジカルヒストリー』みたいな曲が、カズラー大ご馳走。
あと以前『Smash the Rock』で、しょっちゅうジュリーより大声で歌ってたの、可愛かったです。

だけどね、自分で歌うとなると遠慮しちゃって、
横須賀のAngloで歌ってくれたRoute66は、
声ちっさくてどきどきしながら聴き入った。

そんなカズさんのコーラスで一番好きなのは、
なんたって『晴れのちブルーボーイ』です。
ささやくように、うーちゃちゃちゃ。

一方、あんまりジュリコンではコーラスに参加しないプリンス。
いやいや、ジプシーズとかソロに行ったら、あまりに歌うので、びっくりしますよ。
首を斜めに傾げて歌うのはコーラスのときと一緒だけど。
この夏『此岸のほとり』『Shallow me』を聞けたのは収穫でした。
あ、私、今ちょっとシモヤマニアみたいな事言いました。


その5。観察眼

シバヤマさんは、そりゃあよく客席を見てくれます。
自分の女がどこにいるかをさっと見分けて
逢瀬の白い橋を建立なさいます。
そればかりか、ちょっと目線のあったジュリストさんを誘惑するのも得意。
ほら、心当たりある人いるでしょ?
恥ずかしいぬお顔を見せられて、視線に困ったあなたですよ!!
あ、カズラーは、いっくらぬおぬおされても、恥ずかしくありませんので。
そして、お別れのときは客電つくまで、千切れんばかりに手を振ってくれる。
下手に引っ込む前に、もう一回。下手の人は心得て待ち構えています。
人気の所以ですね。

シモヤマさんが、客席を見てるかどうかは、私にはわかりません。
シモヤマニアの方にお訊ねしたい。
でも、
たとえば、凄く変なコスプレしてるひととか、
凄く変なダンスしてるひととか、
「変」系の人はしっかり押さえて見てる・・・気がする(想像)。
ちなみにツンデレバンドジプシーズのときは、
花田さん共々「客席を見ないプロ」です。


まだまだあるけど,いい加減怒られそうなので、今日はこのへんで・・・


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12:32  |  ---  |  コメント(10)

2014.10.12 (Sun)

南相馬の『いくつかの場面』

♪出来る〜なら、もう一度、
 僕の周りにあつまあってきてぇ
 やさしぃく、肩たたきあい、だきしぃめてぇほしい〜〜〜

(ハイ,ツインギター!)

どん、ちゃちゃちゃ〜ちゃ、ちゃちゃ〜ちゃあ〜(くいっ)
ちゃちゃちゃ〜ちゃちゃあ〜
るりるりるりるりるるるら
julie01.jpg

ちゃちゃちゃ〜ちゃちゃ〜ちゃ〜ん、ちゃちゃちゃ〜ちゃちゃ〜、ちゃん、ちゃん、ちゃ〜
ちゃららんららん
julie02.jpg

らりるりるりるら〜〜〜〜ん、どどすん。


パチパチパチパチ・・・・・

julie03.gif
18:28  |  ---  |  コメント(4)

2014.10.10 (Fri)

三年想いよ 南相馬公演に参加して(3)

長くなってすみません。これで最後です。

新曲コーナーのあとは、アップテンポが続く盛り上がりタイム。
それはそれは楽しかったです。
『世紀の片恋』のカズさんの横っ飛びも絶好調。
南相馬の人たちは、ジュリーだけじゃなく、この可愛いギタリストのことに、
気付いてくれたかな・・・

そして危険なふたり、ダーリングでは、みなさん本当に大騒ぎ。
ジュリーの「年上の人、美し?すぎ?る??ああ〜↓ああ〜↓」にも大ウケ。
ビビッドな反応に、ジュリーもご機嫌!!
グラッチェー、ダンケシェーン、などのノリに合わせて、
ポラロイドガールやマンジャーレの曲名を紹介しました。
私は曲名紹介するジュリーは、はじめて見ました。

おいっちに体操やポラガのひらひらも「こうやるんだよ」というふうに、
会場へむけてやさしくやってみせてくれます。
『そのキスが欲しい』では、てんでバラバラだったみなさんが(それもいいとも思ったんですけど)、
見よう見まねで、おいっちに体操も覚えたりして、だんだんそろってきます。

どのくらいいたのかわかりませんが、レピーターの遠征組の
「盛り上げ役」としての力も大きかったかもしれませんね。

私も盛り上げに一役買ったと思いたいですが、
ポラガで「しもやまーー行け〜〜〜!しもやまー、それ、1、2、3、きゃー!!!」
と、叫んだ事は、少し反省しています。。。

マンジャーレでは、そのプリンスのカクカク歩きが炸裂!
カズさんもいつになく、近づいてくるプリンンスをニコニコと待っていてくれて
ギター兄弟並んでのソロ合戦をゆっくり堪能出来ました。

いつもは後半にむけてだんだん調子があがる傾向のジュリーですが、
(MCでも「自分は温存型」と言ってました)
この日は私には最初っから120%全開で飛ばしていたように感じました。
特に中盤のバラードの熱唱は素晴らしく、
(やっぱりこれもMCで「バラードのほうが歌うのが大変」と言ってました)、
内心「最後まで大丈夫かしら」と、心配になったものですが
果たして、本割り最後の「いくつかの場面」では
お声はもう、よれよれになっていました。
でもそれがまたこの曲ではいい味となっていて(あ、そこまで計算だったのかも?)、
私もまたぼろぼろと泣いてしまいました。
泣きっぱなしです、まったく。
会場は息をのむように聞いているようでした。

そして、エンディング。
ジュリーは、今ツアーのこの曲は確か、
腕を下ろし宙を見つめていましたよね?

南相馬では、「ジュリー祭り」のときのように、
大きく両手を広げたのです。

南相馬の人々を、包み込むように、
南相馬の人々に、抱かれるように。

南相馬の人の喜び、苦しみ、それに静かに心を寄せるように
ツインギターのハモリにあわせて、
最後に、ぎゅっと自分を抱きしめました。
そして曲が終わったあと、そのまま後を向いて
ゆらゆらと身体を揺らして、さらに激しいハグを見せてくれたので
会場からは笑い声が起こりました。

笑顔の中で、本割り終了。
何度も何度も長く、深く、おじぎをする5人。

「アンコール!アンコール!」と
声をあげてジュリーを呼ぶ観客。
本当にもう一度、その声を聞かせて、と呼んでいる気持ちがあふれていました。
なのに,現われたジュリーは「どうせまた出てくると思ったでしょ?」なんて、
これが、決まり台詞じゃなくて、照れに聞こえるから不思議(笑)。

MCの事は、書いてる方がいるし、私も忘却の天才なので、
少し省略させてください、ごめんなさい。
ゆかりんごさんが丁寧に書いて下さっていると思います。
特別な事は何も話さないけど、丁寧に話してくれている印象でした。

私は印象に残っているのは、「バラードでは踊れないでしょ?」と言って
 ♪ぼくぅが、マリーに…
と、それはそれは本当に小さい声で歌いながら
太極拳のように手足を蹴り蹴りしたことです。

バラード、と言って、僕のマリーが出て来たのも意外だったし、
(時過ぎあたりが出るのかと)
それは「踊り」なのか?と突っ込みたくなるアクションでしたし。

そういえば、南相馬の人に「時過ぎ」を聞いて欲しかったなあ。
あのカズさんの弾くイントロで、わあっと沸く
お客さん達の顔が目に浮かびます。

きっと、ジュリーはまだ歌ってない曲と、その年の新曲を聴かせに
再び南相馬に来ると思いました。
「また呼んで下さいね」と、何度も言っていました。
今度は、チケットが取りにくくなるかもしれないですね。
そしたら東京モンの出番は、もう一回でいいです。
同じ「東京モン」でも、今回、行きたくても行けなかった方に、
チャンスがあれば、と思います。
きっと、交通手段もドンドン改善されることでしょうし。

ちょっとライブから話はズレますが、
往路は仙台からバス便を使った私ですが、
帰りは時間を気にしないでよいので、便数の少ない福島便をつかいました。
その道程は全く違うものでした。

除染中の旗が掲げられる細い山道。
何人かの人がまさに作業中。
南相馬の宿泊施設は、普段はほとんどこういう作業をされて居る方のためのものとして存在しているのです。
バスは左右に揺れ、酔いそうになりました。
仙台からは、畑や田んぼの広がる、眺めの良い常磐道を
真っすぐに走って着きました。
それは拍子抜けするくらい快適でしたから。

ジュリー達も、多分、ライブのあとバスに乗り、
福島まで出て泊まられたのでは?と思いますが、
ライブの熱い気持ちもこの山道で冷えてしまったのではないかと
少し余計な心配をします。

私は市内に宿が取れたので、
ライブのあとは友達と小さなバーで
日付が変わる頃までお酒を飲んで過しました。
飲食店は、ぽつぽつとですが
雰囲気のいいところがありました。
もてなして頂けて、熱が冷めることなく、ありがたかったです。

ライブに話を戻します。
アンコール、出て来たカズさんがジャケットを脱いできたのは
一応カズラー的には大ニュースなので、書かせて下さい。
見間違いじゃないよね〜
でも何でこんな事が嬉しいのか、自分でもよくワカラン〜〜
一番もり上がった曲はもちろん勝手にしやがれでしたが、
その壁塗りは、見た事ないような
ぶきっちょな万歳みたいな、不思議な光景でした。
喜びがあふれていました。
ずっと座ったままの前列のおじいちゃんおばあちゃんが
嬉しそうに手を挙げていました。
何故かこの曲で、私は涙があふれて止まりませんでした。

ヤマトでは、きっちり声が戻っていました。
どこまでも伸びのある、素晴らしい声でした。
実は音響の点で一点だけ、
泰輝さんの音が小さかったのが少し残念でした。
私の席の位置(二階最後列)のせいかもしれませんが。
だから、この曲なんてカズさんのギターだけで歌ってるみたいで(笑)。
でも、ジュリーの声は、とても良く響いて、小さいけど音のいいホールだと思いました。
本当に、最後列でも、カズさんとちゃーんと白い橋は架かったから(うふふ❤)
決して大きくはないホールです。
カズさん、頼もしいサポートありがとうございました。

お別れのとき、いつまでもいつまでも、手を振っていたそうなジュリーでした。
いつもより、引っ込むまでが全然長かったです。
あの、ツン、ってヤツもいつもより遠慮気で(でもやった!)
すぐに、うそうそうそよ〜〜ン,って感じ(笑)。
でも最後はいつも通り、時計を指差して引っ込んでいきました。
止まない拍手。鉄人バンドにも温かい拍手。
ありがとうありがとう、南相馬のみなさん。
客電がつき、バラバラと立ち上がるお客さんたち。
「いやあ〜〜よかった!良かったね、ジュリー!!」
「俺泣いちゃったよ〜」
「ハット、投げてくれなかったね」
「最後(千秋楽の事かな?)に行けば投げてくれるのかな〜」
などと、みなさんが口々に話すのを聞き、
改めて涙がにじんでくる私なのでした。

Sさんからも、とてもよかったと、お礼を言って頂きました。
お礼なんて、そんな、それはこちらの言う事です。
Sさんからは、開演前に「気持ちだけ」と、ちゃんとお金をいただいていました。
窮状の歌がよかったとおっしゃっていました。
「曲は知っていたのですけど、生で聞くのは、違いますね全然」
Sさんは、ジュリーのライブを見るべき方でした。
待っていてくださってありがとう。この出会いに感謝です。


多くのジュリーファンが気にかけていた南相馬公演はこのように、
本当に温かく迎えられて幕を閉じました。
でも、南相馬という土地に実際に立ち、改めて問題は根深いと思いました。

原発は全国にあるのにね。

Sさんの言葉が頭を回ります。
何故福島だったのか。
誰だってPEACEなFACEでいたいけど、
愛するものを守りたい気持ちはみんな一緒。
福島県の人でさえ、福島県産の野菜を自分の子供には
食べさせたくないと言います。
その事が悪いとは言えない。言い切れない。
「わたしたちはいいけどね」
福島に残るのは年配の人々。
やがて・・・事故の記憶は風化してしまうのでしょうか。
その前に声を上げなければいけないんじゃないか。
いつか、って、いつよ?(今でしょ、って言うのはもう古いですが)
そんな風にあらためて思いました。

翌日、帰りを急ぐ主婦の友達と別れ、
(彼女も諸々を犠牲にして急遽参戦を決めてくれた人です、ありがとう)
少し南相馬に居残りました。

街の外れの博物館を観にいったり・・・
(恐竜展と、常設の相馬野馬追展が見れました。
展示見学以外にも、野馬追いの短い上映フィルムを見たり、オリジナルハンカチを作ったりして遊びました)
お昼を豪華に食べたり・・・
(お座敷で、ひとりうな重ラヴしました☆)
銘店でお土産を買って・・・
(亀屋菓子店というお店が街中にあります。相馬のオリジナル菓子がいっぱい〜〜)
一人遊び満喫!!

でもね、どこに行っても人影はなく、ひとりぼっちでした。
観光についてはタクシーの運転手さんに、いろいろ教えてもらいました。

おそるおそる、「海は遠いんですか?」と聞いたら
「なあ〜ンにもない、みるとこもないさ」
と言われました。
「運転手さんは、ずっとこちらの方?」と聞いたら
「そうさ、隣の小高町。帰宅困難地域で帰れない」

ジュリーを見に来たと言ったら、運転手さんは若い頃GSが好きで
東京まで行った事もあるとの事。
「新宿とか、行きましたよ」「ACBですか?」「そうそう」

ジュリー、こんな人もいるんですね、南相馬に。
今度ジュリーが来たら、是非コンサート行ってみて下さいね、と
言っておきましたが,その日は運転手さん、稼ぎ時かもしれないしなあ(笑)。
何人ものジュリーファンを福島や仙台に乗せたそうです。
前の日から、隣の相馬市に泊まっていた人もいたよ、と。
(あれ?あのブロガーさんのことかな?)

今回南相馬にまで遠方から足を運んだ熱心なファンは
ジュリーの気持ちを考えて、現地の方の楽しみ方を邪魔しないように
皆、ちゃんと考えていたと思います。
そして、被災地の今を見て、
「忘れちゃいけない、風化させちゃいけない」という
ジュリーの言葉の現実を、
具体的に知る事も出来たんじゃないでしょうか。
それは無駄じゃなかったと思います。

私にとっては、本当に忘れられないライブになりました。

ネットで声援を送ってくれた友達や、
感想をくださった見知らぬジュリーファンの方にも感謝です。
稚拙な長文のレポを読んで下さって、ありがとうございました。

もし、行かれた方で他に気付かれた事などあったら、コメント大歓迎です。



12:37  |  ---  |  コメント(8)

2014.10.09 (Thu)

ちょっと違ったの

コメントレスがおくれていてごめんなさい。
忘れないうちに、今日中にレポを仕上げたいので、
お返事少し待っていて下さい、すみません。

と、言いつつ、1本『外伝』をはさみます。

南相馬で知り合ったSさんは
まず、「ジュリーが南相馬に来てくれた事が嬉しい」
と、言っていました。

気味悪い土地と同じ国の人間から思われ、
若い人は市外に働きに出て行き、
シャッターが半分しまった商店街で
年配の人たちが残って商売を続けている。
馬追い祭りが唯一の観光イベントで
普段は人影のない、遊ぶところもない街。
だけど、市役所の隣に、
とてもきれいなホールがあって、
そこに、きら星のスターがやってくる。
しかも、「世界が見てる福島」と、
自分たちへ応援歌を歌ってくれる。

ジュリーが「南相馬の人に受け入れられるか?」なんて
心配自体が、愚問だったということはないでしょうか?
南相馬のみなさんは、まさにジュリーの言葉どおり
「心待ちに」していたんだと思います。

ふ、ぅ、く、し、まああぁ、
と、ジュリーは上体を客席に投げ出すようにして
心からの音を発していました。
それに対して、ワァ!と盛り上がる客席。
福島の苦しさに寄り添ってくれるジュリー。
それに、特別なMCなんて必要ないんですね。

ジュリーが「原発」「東電」「福島」と言う曲を書くたびに
どこかで「またか」という気持ちがあるかもしれない
(ないといいんだけど)
別の土地に住む私達とは
根本的に違う熱さがそこにあったということです。

いろいろなところで「いつも通りのジュリーだった」と聞くので、
実はちょっと違ったことを伝えられたらいいなと思いました。

・・・F.A.P.P. のあとの、あの喝采を、
私は忘れないでしょう。


レポは次の(3)で終わりにします。
22:44  |  ---  |  コメント(2)

2014.10.09 (Thu)

三年想いよ 南相馬公演に参加して(2)

前回ジュリーと鉄人バンドは、いつもと同じように、と書いたけど
いつもと変わりなかった、と言うわけではないです。

言ってること、やってることはいつもと一緒、かもしれない。

でも端々まで誤解なく届けよう、と言う決意のような気遣い。
ジュリーも特に、新曲の始まる前のMCは、余計なことを一切言わず、手短に、
心をこめて、わかりやすいように発声してました。

2階から見下ろすと、小さなステージでした。
鉄人バンドの4人は、寄り添うようでした。l

ここで、私のミッションの話を少しさせてください。

2か月前、南相馬へ行くことを決め、友達に話したところ、
2名の賛同者を得ました。
ところが2週間前になって,二人ともよんどころない事情で
やむなく…キャンセルせざるを得なくなり。
その無念たるや、いかばかりか。

私は一人で行くのは全然構わないのですが、チケットは無駄にしたくなかった。
それは二人も同じ気持ち。
それからまた友達に当たって、なんとか一人は見つかったものの、後一人分がみつからない。
こうなれば現地の方に差し上げてでも、何としても席を埋める、の一心で
チケット握りしめて来ました。
これがミッションの内容です。

そして、開場前の南相馬市を、ともだちと闊歩。空いてるお店に片っ端から突撃です!!
「今夜の沢田研二のコンサート、友達が一人都合が悪くなってしまって、
チケットが1枚あるんです。
お代は結構ですので、行っていただけないですか」と・・・

コーヒーショップの奥さん
「うわあ、行きたいけど、今夜はお客様があって…」❌

肉屋のお母さん
「一番後ろの列なんですか?・・・やめときます」❌

手芸洋品屋さん
「うちには行きそうな人はいないな…」と、若い男性。❌

そして、やっと4軒目の自転車屋の奥さんが、行ってくださることになりました!⭕️

本当に嬉しかった。来れなかった友達に、すぐにメールしたら
速攻安堵のお返事が来ました。
今日の今日で、しかも約1時間後。本当によく来てくださいました。
でも、お断りされた方も、共通してたことは、
みんな、ジュリーの名前には一瞬目を輝かせたことです。
沢田研二はやっぱり、ある時代の、絶対無ニのスターでした。

来てくださったSさん(仮名)に、ライブ後、聞いてみたんです。
新曲とか(もちろん初聴き)言葉や内容がキツ過ぎて
傷つたりしませんでしたか?と。
いえいえ、と彼女は首を振りました。
同じ様に思ってることがいっぱいあったし
何より、それを歌いにここへ来てくれたことが嬉しいんです、
みんなもう、「福島」を気味悪がって来たがらないですから。と。

同じ日本なのに。
気味悪いと言われる故郷に、それでも住み続けるしかないSさん。
彼女は言ってました。全国に原発はあるのにね、と。

でもあんな想いをしたから,あれだけの想いをしたから、
もう、大抵のことは乗り切れると思うわ、と彼女は笑いました。
私は涙をこらえるために、変な顔をしていたかもしれません。

そんなSさん初め、南相馬の[乗り越えた]人々が、
新曲たちをどう捉えたのか。果たして。
私は正直可もあり不可もあり、だったのではと思っています。
特に最初の2曲。東京五輪・一握り人の罪,は、いろんな解釈をする人がいるでしょうし、
手拍子、拍手をしてないひとも、正直みかけました。

客席全体が前のめりになってきいているようでした。
いわゆる「主張」を,ハキハキした声で朗々と2つ歌ったジュリーは
櫻舗道では悲しみのあまり、散って掻き消えてしまいそうでした。

そして三年想いよなんですが,私の印象では暖かく受け入れてくれた気がします。
でも、ジュリーの「ぶっちゃけ歌声〜変わっていたなら」の部分が
聞いてて辛いのです。
自虐し続けても答えが無い難問みたいで。

ああ、だからF.A.P.P.をいれたんですね。

へこたれないで、福島。
世界が見てる、福島。

細かい歌詞の言い回しなんかもう関係ない。
このことばで、会場は一気に沸騰。

私は勝利のガッツポーズを挙げていました。
バカですね〜

ここから一気にヒートアップです。

つづく
17:14  |  ---  |  コメント(2)

2014.10.09 (Thu)

三年想いよ 南相馬公演に参加して(1)


着きました、南相馬市。
あっけないくらいに普通に。

仙台から今年の8月に就航した南相馬行きの高速バスは
10名ほどのジュリーファンを乗せて、
収穫直前の黄色い稲穂のグラデーションを抜け、2時間弱で
南相馬の街に着きました・ ・・

・・・人が歩いていません。
車はそれなりに走っているのに。人影が無い。
たまにすれ違うのは、地図を握りしめたジュリーファンのお姉様ばかり(笑)。

商店街、と名のつくものはあるものの、店はほとんどが シャッターを閉めて居て、なかにはまだ、災害当時のままのような(?) 残骸のような建物も・・・
「街は前向き」と思ったのは間違いだったのでしょうか?
それとも夜になれば、飲み屋が開店して少しは賑やかになって、人も出てくるのでしょうか。

宿で休憩し、17時頃、再び表に出たら、
夕方の街は、ほのかにさっきより活気がありました。
そう,学校帰りの子供達の姿が増えて居たから。
ちょっとホッとしながら,別のホテルにいる友達と待ち合わせの場所へ。

実は私には、ライブ前に
大きなミッションがあったのです。

これ、南相馬を知るためにとても大切な話なんですが、
みなさん、ライブのレポが気になると思うので、後で書きますね。

私は自由に暴れられるよう、2階最後列の端の方をぴあで選んで買っていました。

某ミッションを達成し、充実感に溢れ、会場に乗り込みました。
二階の後ろ三列ほどは当日券だったようです。
でもそこもほとんど埋まって、ほぼ満席で開演です!!

はっきりと、他と全く違う空気を感じました。
皆さん,熱いんです。
まさに「この日を心待ちにして」いたような。
口々にかける声援、みたこと無いような手拍子の仕方。
そう、多分皆さん「そのキスが欲しい」と言う曲をご存じないでしょう。
でも、すごい盛り上がりなんです。
聞いたこと無いところで男性の掛声とか。もはやあれは新しい曲になってましたね(笑)。
プリンスのソロもちょっと新しい感じで。
あの熱をなんと伝えたら良いのか。もう、初っ端から胸がいっぱいになる私。
1階の前の方にいたおじいちゃんは座りっぱなしだったけど、本当に本当に楽しそうで。
みんなデリケイデリケイも、一生懸命言ってくださって
ジュリーは「だめだ…なにいってるんだか全然分かんない…タイミングずれてる人がいる」
何て言いながら、結構嬉しそう。

そういえば、南相馬の人は、声はあげてたけど、私語じゃなかった。
最初のMCで、「私が、沢田研二です」と言うと(そんなん言うの初めて聞きました)
男性が口々に「ジュリー❗️」「ジュリー❗️」と。
まるで「大向こう」ですよ。

そんな、楽しい、ノリノリの空気が一変したのが「海に向けて」。
その歌詞(ちょっと1番で2番混じっちゃいましたが)に、じっと聞きいる客席。
女々しくてもいいんだ…あたりでもう涙声のジュリー、でも、声は力強く。
海と言うキーワードが刺さる。私は顎まで濡らして号泣です。
でもみなさん、曲が終わると、口笛混じりの拍手喝采をくださる。
その熱さは次の「シット曲」へとなだれ込みます。

これほどシット曲が誇らしく嬉しかったのは,初めてです。

そして再び「そっとくちづけを」の悲しい歌詞。
ジュリーの声が怖いくらいきれいで、素晴らしい熱唱でした。
カズさんのスライドはいつも通り寄り添っていました。
そして今度は口笛混じりの拍手ではなく、拍手がいつまでもいつまでも止みませんでした。
「我が窮状」のイントロにかぶるくらい。
窮状の声もコーラスも素晴らしく、間奏で全て拍手が起きていました。
この曲で泣き声になったのを初めて聞いた気がしますが、
私の勘違いかもしれません。
「届かない花々」では手拍子が起きていました。

ここまでで、いつもと全く違う空気感のライブを
ジュリーと鉄人バンドがいつもと同じように務めているこの不思議が
伝わっているでしょうか?

そして、いよいよ新曲ゾーン突入です。

つづく
03:36  |  ---  |  コメント(6)

2014.10.08 (Wed)

明日のこと

福島へ、被災地へジュリーが歌いに行く。

だから、東京もんが追いかけて行くべきではない、と
最初からそう思っていました。
その土地の人が、ジュリーの歌をきけばよいのだから。

でも、
このライブの初日に行って、その気待ちが少し変化したんです。

この歌を歌うのか。
被災した人たちの前で歌うのか。

居ても立っても居られない気持ちになったのです。
南相馬の人たちに、どんな風に聞いてもらえるのか、
その姿をこの目で見たい。
二階のウシロ~ノ、カベギワーノでいいので、
いやむしろあえてそこで、
みつからないようにこっそりと、見守りたい。

その気持ちは日々強くなり、毎日頭から離れなくなりました。

ツアーのリストを改めて見てみました。
開演時間は19時。ツアー中こんな遅い開始時間はここだけ。なぜ?
これでは、当日帰って来れないじゃないの。
平日二日休まなくてはならないのは、普通に考えたら無理。

でも、ちょっと行き方を調べてみよう、かな。
・・・そして、私は19時開始の理由を知るのです。

行き着けない。
電車は未だに分断されたままで、東京から直接はたどり着けず、
仙台経由でも、一部の不通区間は下車して
代行バスに乗らなきゃいけない。
その他の区間も臨時ダイヤ運行とあり、時間が全く読めない。

まだそんななんだ。

友達が、そう言えば以前チャボが相馬市でライブをやった時
苦労して車で行った人がいたと教えてくれました。

そうか、車か…

その手段は私にはなかったけど、一応どんなもんか
道のりを何気無く調べていて、私は自分が何もわかってなかった事を知りました。
この地方への道は、原発事故の規制で、まだ迂回指示が出ていたのです。


これが現実なんだ。
ジュリーたちは、そういう街であの曲を歌いに行くんだ。

私は、いろんな事を考え、調べて、本当に自分の無関心を恥じました。
現地は、県外から人を呼ぼうと努力しています。
街自体は、きっと立ち直って前を向いているように感じるのに、
ちょっと国道を南下すると、震災当時の流されて来た船や車が
放置されたままの手つかずの風景・・・
復興が遅すぎる。 国から切り離されてる様にさえ感じます。
それを、みんな、知らない。
あんなに大きな出来事が、風化しつつある。
それどころか、
スーパーで野菜を手に取って、「福島県産」の文字を見て、棚にもどしたことはない?
いや、そういう事の善し悪しを論じたいわけではないんです。ただ・・・

ジュリーの事がきっかけで、行くチャンスがあるなら、

いってみよう。


そう決心したのが、二ヶ月ほど前の事でした。

そのあとも,状況は劇的に変化しました。
福島からのバス便にくわえ、仙台からのバス便の増発。
常磐自動車道の開通のニュース。
国道6号も車だけなら通行可能に(窓は開けられない,歩行者、二輪車は不可)
一歩一歩前へすすんでいる事を感じます。

そうはいっても、南相馬市の南隣の浪江町はまだ帰宅困難区域であり、
普通に旅行者が立ち入れる場所ではありません。

宿も少なくて予約が大変でした。
今は、復旧工事のための人が、多く市内の宿に泊まっているとの事。
迷惑になる事はしたくないな、と思いつつも、
ライブの終了時間を考えると市内に泊まるしか選択肢はなく、
私は運良く、便のいい宿の最後の一室を
ギリギリ押さえられました。

でも、観光課のホームページには「県外からの皆様のお越しを
心よりお待ちしています」と、あります。
これを読むだけで、勇気百倍!

出来るだけ地場のものを食べて、土地で遊んで、見て来よう。

行かなきゃ分からない事もきっとある。
物見遊山と言われてしまえばその通りなのかもしれないけど、
知らないふりをしたくない、だって、同じ日本。
この街にとって、ジュリーが来るって、どんなことなんだろう。
ジュリーは、ここで何をしたいのだろう。
それはこの街の人にとって、どんな意味をもつんだろう。

いまも、やはり東京もんが行くべきではないという気持ちもあります。
ジュリーはこの日は、東京に住んでる私に向かって歌いたいわけじゃない。
それはわかってる、わかってるから、だから、後の端のほうにそっといます。

ジュリーの大いなる決意と、それを支える鉄人バンドと、
そして 南相馬という街のことを
しっかりこの目でみてきたい,と思っています。

カズさん、お願いします。

04:59  |  ---  |  コメント(2)
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